2019年7月20日公開、レバノンの女性監督ナディーン・ラバキーが、誕生日も知らない戸籍もない貧しい12歳の少年の目線を通して中東の貧困と移民の問題を描いたヒューマンドラマ『存在のない子供たち』のレビューページです。『存在のない子供たち』の映画情報はこちら。
作品名 | 存在のない子供たち |
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監督 | ナディーン・ラバキー |
製作 | ミヒェル・メルクト/ハーレド・ムザンナル |
製作総指揮 | アクラム・サファー/アンヌ=ドミニク・トゥーサン/レイ・バラカット/ジェイソン・クリオット |
脚本 | ナディーン・ラバキー/ジハード・ホジェイリ/ミシェル・ケサルワニ/ジョルジュ・ハッバス/ハーレド・ムザンナル |
出演 | ゼイン・アル・ラフィーア/ヨルダノス・シフェラウラ/ボルワティフ・トレジャー・バンコレ/カウサル・アル・ハッダード/ファーディー・カーメル・ユーセフ/シドラ・イザーム/アラーア・シュシュニーヤ/ナディーン・ラバキー |
上映時間 | 125分 |
製作国 | レバノン |
『存在のない子供たち』 レビュー
Ayana さん
レバノンの貧民窟で生まれ、両親、兄弟姉妹たちと暮らすゼイン。学校に通えず、家族の生活の為に朝から晩まで働く毎日。両親が出生届を出さなかったため、誕生日もわからない。推定12歳。仲の良い妹サハルは多分11歳。ある日、サハルは親子ほども年の離れたアパートの大家と強制結婚させられてしまう。親への不信、怒り、悲しみ、そしてゼインは家を飛び出す。けれど、働き口もお金もなく、路頭に迷う日々。ある日ゼインはエチオピア移民の女性ラヒルと出会う。彼女にはヨナスという幼子がいた。
ゼインの生まれ育った環境は、ひどいものだ。ボロボロで不衛生なアパート。たくさんの兄弟姉妹。働かない両親。家賃を払えず、追い出されるのを恐れ、代わりにまだ幼い娘を大家に嫁がせ、自分たちの安穏を得ようとする。何も考えず、ただただ欲求を満たし、結果生まれる子供たち。世話もまともにせず、愛情もない。ある程度成長したら、働かせ、住む場所を追い出されないために娘を差し出す。両親にとって子供は自分たちが生きていくための道具に思える。
ゼインはそんな両親に疑問を持ち、怒り、家を出る。環境に流されず、おかしいものはおかしいと思えるゼインの感情に救われ、たくましく生きようとする姿に胸を打たれる。家出し、出会ったラヒルとヨナスとの束の間の温かい日々。ラヒルも移民で不法滞在の身で、幼いヨナスを抱え、綱渡りのような厳しい生活を送っているが、ゼインの両親とは対照的に、子供への愛情がある。そんな姿にゼインは憧れと親子の在り方を感じたかもしれない。しかし、容赦のない現実が、ゼインをさらに過酷な状況に追いやる。なんとか生きよう、乗り切ろうとするも、やはりゼインはまだ子供だ。限界がある。一旦家に戻ったゼインが知った衝撃の事実と、それによって起きた事件。そして、後半、ゼインは両親を訴える。「僕を産んだ罪で」。
法廷での両親の主張には、腹が立ち、呆れる。自分たちがいかに辛い状況で、どんなに世間から虐げられて生きているか、だから仕方ない、なぜ責められるんだ、と言い訳に終始する。そんな両親を冷ややかに見つめるゼイン。両親に見切りをつけ、前を向いている。両親も厳しい状況なのはわかるが、その状況に甘んじ、言い訳と都合の良い解釈で、変わる気が微塵もない。母親がまた妊娠したとゼインに告げた時は、心底呆れた。また繰り返すのかと。「人の心がないのか」と母親に言い放つゼイン。そして、自分と同じような境遇の子供をむやみに産む大人に訴える。「世話できないなら産むな」と。まさにその通りだと思う。どんなに過酷な状況でも、最後の救いは愛だろう。愛さないなら産むな、産むならせめて愛せよ、と強く思う。
ゼインの、笑顔がなく、いつも悲しさと怒り、世の中への絶望を湛えた目。最後に初めて見せる笑顔に、言葉にできない感情が溢れ、涙が止まらない。主人公のゼインをはじめ、キャストがキャスティング・ディレクターによって見出された、この物語と同じように厳しい環境下で暮らす人々だというのも見どころだ。